「ゲイへの偏見は?」
こんにちは!
本日の記事は、先日ブログで少し触れた
「ゲイへの偏見ないんですか?」
について。
「ないです。」
と、毎回答えるものの、「~だから、ありません。」と言葉で理由を伝えられた方が説得力があるのかも?
そこで、自身の記憶を辿ってみました。
私は女子中、女子高でした。
そして寮。
学校では手を繋いだり、腕を組んだり、小学校卒業したばかりの私が見ても「付き合っている」とわかる先輩方はたくさんいましたし、寮内でカップルの先輩方は、とても「自由」でした。
言葉をふんわりさせましたので、察していただけると嬉しいです。
とても「自由」でした。
ショートカットでかっこいいい美人の先輩、その彼女さんは、ロングヘアーで可愛らしい先輩。
お似合いだなー!と思うことはあっても、自分と違うと思った記憶もなく、女性同士のカップルを見ること接することは、当たり前の日常。
女の子に恋する、女の子がいて
男の子に恋する、女の子もいる
十代からこのような環境にいたことも「偏見なし」に繋がっているのかもしれません。
そう考えると、うん十年前のLGBTという言葉も耳にしない時代でしたが、先輩方はかなりオープンにされていたんだな・・・と今さらながら感動。
「自由」な寮の先輩方、ありがとうございました。
今もどこかで幸せに過ごしていますように(-人-)♡
そして、もうひとつ考えられるのが結婚相談所でのお客様との出会い。
千人は超える方々の多様な考え方や生き方に触れ、お陰様でちょっとやそっとの話では驚かない人間になってしまいました。
みんな、それぞれ違うことが普通。
仕事を通じて学んだことです。
と、記憶を辿りましたが偏見らしきものを感じていた時期が思い出せませんでしたので、やはり無いものは無い。という結論に至りました(˙-˙ )
持論ですが「偏見」「差別」の根幹は「無知」なのではないかと。
あと、想像力の欠落。
LGBTをテーマにしたドラマや映画もここ数年で増えてきていますし、本当はLGBTという表現もなくなり、カテゴライズされない時代がきてほしいと私は願っていますが、その時代が訪れるためにはより多くの方が正しい情報を得て、正しい認識を持つことも、必要なのかなと思います。
情報とはいえ、自分の身に迫ることでなければ調べることもしないので、やはりリアリティーがあるドラマなどが一番浸透しやすいのでしょうか?
考えたところで、私には何の力もありませんでした。
メディア様どうぞよろしくお願いします。
私は私のできることを。
ゲイの方の「幸せー!」を、つくり続けていきます!
おしまい!